「お客様のために」と思って働いているのに、会社の評価は売上で決まる。そんな矛盾を、感じたことはありませんか。
多くの人は「そういうものだ」と蓋をします。それはとても合理的な判断です。けれど中には、どうしても蓋をしきれず、ちゃんと向き合いたいと思ってしまう人もいます。この記事は、そういう方に向けて書きました。
「仕事はお金を稼ぐための手段である」と割り切ると、楽になる反面、大切なものが失われてしまうところがあります。それは何なのか。まずは、ある日見かけた携帯電話ショップでの出来事から、お話しします。
【前編】「構造的ジレンマの直視」編
携帯ショップの光景に見る「お客様のために」の裏側
「仕事はお金を稼ぐための手段である」と位置付けることによって、割り切れて楽になる反面、大切なものが失われてしまうようなところがあります。
少し前ですが、携帯電話の機種変更をしにいった際に、店内に相当怒っているお客さんがいました。お年寄りの男性と、その息子さんだったのだと思いますが「こんな年寄りが!こんなオプション必要なわけがない!」「分からないことをいいことに全部売りつけやがって!」というような感じでした。
恐らくですが、親の携帯電話の契約内容を確認してみると、とんでもない金額になっていて、しかも不要なオプションだらけだったのでしょう。怒りたくなる気持ちは分かります。
一方で、お店としては、契約の履行できる成人を対象としてやったことなので「そんなに怒られても・・・」「契約者ご本人が同意されたのだし・・・」というような気持ちも持ったりするかもしれません。どうでしょうか。
このような状況というのは、大なり小なり、企業で仕事をしていると遭遇する場面であると言えるかもしれません。
「お客様のために」と言うのはありつつも、社内で評価されるのは売上が大きい人間だったりする。そうすると、例えば「オプション全部つけることをお勧めする」ということが基本になってしまう。
お客様にとって本当に必要ならいいのだけれど、「お客様の判断能力が低い」というようなときに、売りつけるような形になってしまう。それでも「売上が大きい社員の方が評価される」「そういう社員の方が給料が増える」。
加えて「お客様に寄り添って丁寧に接客する」と時間がかかります。そうすると、時間当たりの売上は低下するということにもなったりします。なので「お客様のために(時間をかけて説明をしてあげたい)」と、「自分の評価アップのために(短時間で終わらせたい)」という葛藤に置かれることになったりします。

こういう構造は、そこかしこで見られることです。
営利企業における「普通」の構造が、仕事からやりがいを奪う
営利企業が、利益を追求するのは普通のことです。そしてそこで働く社員も利益(自分の給与)を追求する。この構造になるのも、ごく普通のことです。
しかし、この普通の構造が、根本的に仕事からやりがいを奪ってしまうという面もあります。
一方で「時間をかけてお客様に寄り添って丁寧に接客する」ということをしていると、利益率が下がる、会社が赤字になってしまう、ということもあるわけですから「とにかくお客様に寄り添うように」というのも嘘になってしまいます。
「うちの会社は赤字でいいから、倒産してもいいから、とにかくお客様に尽くしなさい」という経営者はいません。いたとしたら、それは経営者失格だということになるでしょう。

この構造は明らかに問題を含んでいます。それでも、真剣に考える人はそれほど多くありません。
そのモヤモヤに「蓋をする人」と「直面してしまう人」
この構造を問題として捉え、解決しようとすると、なかなかしんどいものです。そのため多くの人は、「まぁ、考えてもしょうがない」「そういうもんだ」と蓋をして、視界の外に置きます。それはある意味、とても合理的な判断です。
けれど中には、どうしても蓋をしきれず、ちゃんと向き合おうとしてしまう人がいます。恐らく、今この記事を読んでいるあなたは、そういう少し珍しいタイプの人ではないでしょうか。それは、あなたが「よく観る」人だからだと思います。
自社の利益や自分の評価と、目の前のお客様への誠実さ。この逃げ場のないジレンマを、私たちはどう捉え、どう乗り越えていけばよいのでしょうか。
私自身、就活塾を運営していたときに、収入が減ることを承知で「本当にその人のためになること」を伝えた経験があります。あのとき私は「独立したからできた」と思いました。けれど今振り返ると、会社員か独立かの問題ではありませんでした。では、何が違いを生んでいたのでしょうか。
【後編】「ジレンマを超える問いと実践」編
独立時に味わった清々しさ 〜自分の責任で「断る」選択をする〜
もう15年以上前の話ですが、私が独立したときに「ああ、なんて清々しいんだろう!」と思った出来事があります。
当時、私は就活塾事業を運営していました。学生さんの就職活動を支援する事業で、毎年30〜50名ほどの学生さんのサポートをしていました。
ある時、塾の説明会に、すでに内定を持っている大学4年生が参加してきました。
「今年、内定をもらった会社があるのですが、納得できていません。就活塾に入ってもう一年就活を頑張って、もっと行きたい会社からの内定を獲得したいんです」
ということでした。その内定先企業は、大手のコンビニ企業でした。本人的には「コンビニで働くなんて……」というようなイメージも抱いていた印象でした。
そこで、私はその方の入塾をお断りしました。
「僕は、その会社は素晴らしい会社だと思います。就活浪人をして別の企業でスタートするより、1年早くその企業で社会人スタートをして仕事を頑張った方が、実力も伸びるしキャリアにもなると思う。僕はそう思ってしまうので、就活塾で一緒に頑張ろうとは言えません」
そのようなことをお伝えして、お断りをしたのです。
それが正しい判断だったのか、間違った判断だったのかは分かりません。今思えば、もっとその人に寄り添って「じゃあ、もう一年就活を頑張ろう」と言うこともできたかもしれません。
でも、その時に「ああ、独立してよかった!」と心から思いました。
学生さんから入塾料や月謝をいただいて成り立っていたビジネスでしたから、入塾者が減れば当然売上は減ります。個人事業主でしたから、そのまま自分の収入が減ることに直結します。
それでも、「自分の収入が減ったとしても、本当にその人にとってよいと思ったことを伝える」ということを、自分の責任でちゃんと判断できたことが、とても嬉しかったのです。
当時の私から「ああ、独立してよかった!」という言葉が出てきたのは、やはり私の中に「会社員では自分勝手に決められない」「会社員ではこれは難しかった」という思いがあったからだなと思います。
これも今思えばそんなことはなく、「実力ある会社員」であればできたことであり、独立しているか会社員かという形(形式)の問題ではなかったのですが。
人材紹介業のジレンマ 〜トップコンサルタントは何をしているのか〜
人材紹介業、という仕事があります。転職の斡旋(あっせん)や仲介をする仕事です。人材紹介を利用して転職をしたことがある方も、たくさんいらっしゃると思います。

私自身、この人材紹介業の仕事を1年ほどやっていた経験があります。
人材紹介業は、転職(入社)が決定すると、入社先の企業から成功報酬が支払われるビジネスモデルです。300万円、500万円、あるいは人材によっては1,000万円といった金額が支払われます。
もう少し具体的な構造を説明すると、転職を考えている「Aさん」がいる場合、以下のような状況になることがよくあります。
【Aさんの転職候補先】
- 転職候補先企業 ① ➔ 人材紹介 X社(自分の担当)
- 転職候補先企業 ② ➔ 人材紹介 X社(自分の担当)
- 転職候補先企業 ③ ➔ 人材紹介 Y社
- 転職候補先企業 ④ ➔ 人材紹介 Y社
さて、ここで私がX社に属していて、Aさんの担当をしているとします。
Aさんが最も行きたい第一志望の転職先は「企業④」だったりします。しかし、Aさんが④に入社してしまうと、私の売上はゼロになってしまいます。
そのため、「④は落ちてほしいな……」「なんとか①か②に決めてほしいな……」というような気持ちが、どうしても生じてしまうのです。
成功報酬がそのまま自分の成果や収入に直結する仕事である以上、構造上どうしてもそうなってしまう。そうすると、Aさんの「第一志望は企業④である」という本音の気持ちに、心から寄り添えなくなってしまうのです。
このジレンマを抱えながら働いている人というのが、業界の大多数かもしれません。
しかし、一部のトップコンサルタント(業界ではキャリアコンサルタントと呼ばれることが多いです)の人たちは違いました。これは、私が実際に近くで見てきたから分かります。
ちょっと単純化して説明してみます。
例えば、私が売上2,000万円(年収1,000万円)を目指しているとします。そのためには、成功報酬300万円クラスの人材を、年間で約7人、自社の担当先企業に送り込む必要があります。
そんな私が「転職の相談に乗っている人材プール」を、例えば10人しか持っていなかったらどうでしょうか。
もう、一人ひとりに必死になります。「なんとか自社の担当先に転職を決めてもらおう」と、どうしても誘導してしまう。そうなると、やはりAさんにまっすぐ寄り添うことはできません。
ところが、トップコンサルタントの人たちは違います。
同じ売上2,000万円を達成しようとするときに、彼らが抱えている「転職の相談に乗っている人材プール」は、100人など圧倒的な母数があるのです。
母数に余裕があるからこそ、
「Aさんは私の担当先ではないけれど、企業④に転職した方が絶対にいいですね」
「今回は無理に転職せず、今の会社でもう3年頑張ってみるのも手ですよ」
と、Aさんの人生に心から寄り添ったアドバイスができます。Aさんが自分の紹介した企業に転職せず、Aさんの転職では売上が入ってこなかったとしても、自分に必要な全体売上は十分に達成できるからです。
こうして誠実に寄り添われた結果、そのトップコンサルタントは転職予備軍の人材から益々信頼され、相談が集まるようになります。
「実は友人も転職を考えていて……」と紹介も増えていき、さらなる成果につながっていく——という素晴らしい好循環が生まれるわけです。

構造を「観て」、自分の軸で生きる
「お客様のために」と言いつつ、お客様のためになれない。自社の売上利益、自分の評価、給与を考えると、「お客様のため」を遂行しきれない。
そのような構造はそこかしこにあるのですが、その構造的問題を乗り越えてしまう人たちは確かに存在しています。
先ほどの人材紹介業の例で言えば、トップコンサルタントの人たちは「心が清らかだから」お客様に寄り添えているわけではありません。
圧倒的な行動量や工夫によって「100人の候補者プール」という余裕のある仕組み(外側の構造)を自分で作り上げたからこそ、真の誠実さを発揮できているのです。
あるいは、私が独立した時のように、自らの責任でリスクを取り、評価システムの外に出る(あるいは自分自身でシステムを作り直す)ことで乗り越える道もあります。
総括
あなたが今、立っている場所はどこですか?
多くの人は、「利益か、誠実さか」という二項対立のモヤモヤの中に閉じ込められ、「仕方のないことだ」と諦めてしまいがちです。
ですが、この構造の仕組みを「よく観る」ことで、新しい視点が見えてきます。
- 自分が苦しんでいるのは、自分の性格や能力のせいではなく「構造」のせいではないか?
- 自分の仕事において、誠実さと成果を両立させるための「仕組み(母数や余裕)」はどうすれば作れるだろうか?
- 自分は「外側のシステム」に踊らされるのではなく、主体的(内側)にどう関わっていきたいだろうか?
「営利企業の利益追求」も、「個人の誠実な想い」も、どちらかが正しくてどちらかが間違っているわけではありません。
だからこそ、その両方を排除せずに「よく観る」こと。そこから、あなたならではの働き方・生き方の「本当の答え」が立ち現れてくるのだと、私は考えています。


