「毎日忙しく働いているのに、なぜか心が満たされない」
「生活するためには、ずっと稼ぎ続けなければならないという不安がある」
スマートフォン一つで、買い物も、調べものも、仕事の連絡もできる時代になりました。家電も、AIも、少し前には想像できなかったほど、私たちの暮らしを助けてくれています。
科学技術がこれほど発展し、モノやサービスが溢れている現代において、私たちは本来もっとゆったりと豊かさを満喫できていてもいいはずです。それなのに、なぜ多くの人が「時間に追われる感覚」を抱いているのでしょうか。
その背景には、社会システムの力学によって、私たちの「人生の時間(可処分時間)」の中にまでビジネスが押し寄せているという構造があります。
最終回となる今回は、この「稼ぐことに追われ続ける構造」への過度な依存を減らし、私たちが人間らしいゆったりとした豊かさを取り戻すためのアプローチを考えていきます。
社会システムを観る #5「稼ぐように急かされ続ける構造」と、どう付き合うか?
科学技術は進歩したのに、なぜ豊かさを満喫できないのか
科学技術の発展による豊かさを享受するためには、どんなことが必要でしょうか。
その答えを探す前に、ここまでの4回を、ひとつながりで振り返ってみます。
- 第1回:GDPは「売買高」。おすそ分けや公園のように、売買にならない豊かさは数字に映らない
- 第2回:価値と価格は別物。価格の数字は通貨の量で変わり、GDPも豊かさそのものではない
- 第3回:モノが行き渡るとGDPと豊かさは離れるが、金利のもとで、社会は成長を求め続けやすい
- 第4回:技術が生む富を誰が受け取るかは、技術ではなく、社会のルールで決まる
こうして並べてみると、一つの流れが見えてきます。科学技術は進歩し、モノは行き渡り、豊かさとGDPは離れてきた。それなのに「成長し続けなければならない」という力が、社会のあちこちに働いている。
「豊かになれるはずなのに、豊かさを満喫できない」背景の一つは、ここにあるのではないか、と私は考えています。(これまでと同じく、あくまで大きな要因の一つとしての見方です。)
「なんでもお金がかかる」社会になっていく
成長が求め続けられると、ビジネスの世界は、人の暮らしの奥へ奥へと入り込んでいきます。現代のビジネスでは、「可処分所得の奪い合い」から、さらに「可処分時間の奪い合い」ということまで言われる時代です。一人一人の人生の時間に、できるだけビジネス、商売、売買を持ち込んでいく、ということです。
これを推し進めていくと、何が起こるでしょうか。
当然、「なんでもお金がかかる」ようになります。「お金がないと、生活できない」ようになります。
- 「おすそ分け」は「宅配食」に
- 「親が子供に勉強を教える」は「家庭教師」に
なっていくのです。そして、「払うためには稼がないといけない」「生活するためには稼がないといけない」「生きていくためには稼がないといけない」という社会を、つくり上げていくことになります。
ちなみに、縄文時代は今とまったく社会構造が違うため、労働時間は極めて短かったと言われています。「家族分の山菜を山に取りに行く」といった労働が1日2時間程度で、残りの時間は余暇として、趣味や文化に使われていたという説もあります。(諸説あります。)
時代も仕組みも違うので、単純に比べることはできません。ただ、「稼がなければ生きていけない」という状態は、人間にとって当たり前のものではなかったのかもしれない、と考えさせられます。
私たちは今、「稼ぐように急かされ続ける構造」の中で暮らしています。では、この構造と、どう付き合っていけばよいのでしょうか。
「急かされ続ける構造」への依存を、減らすには
「稼ぐように急かされ続ける構造」「稼げなくなる不安に突き動かされ続ける構造」。この構造への依存の割合を減らして、ゆったりとした豊かさを享受するには、いくつかのポイントが考えられます。
ここで言いたいのは、「お金を稼ぐこと」や「ビジネス」を否定することではありません。お金やビジネスは、私たちの暮らしを便利にしてくれる大切な仕組みです。ただ、それに「全面的に」依存してしまわないための、考え方の整理です。
【個人レベル】
「自分にとっての豊かさ」から判断・選択する
一番大切なのは、社会や市場が提示する「価格」や「効率」という評価軸から一度離れ、自分自身の感覚で問い直すことです。
- 外食でお金を払って済ませることと、手間をかけて自炊すること。今の自分にとって本当に豊かに感じるのはどちらだろうか?
- お金を払って習い事に通わせることと、親自身が子どもと一緒に時間を過ごすこと。今の家族にとって本当に豊かなのはどちらだろうか?
「お金を出して買う」というシステムへの依存度を少しだけ下げ、自分の時間や周囲との繋がりによって生まれる豊かさを選んでいくこと。
どちらが正しい、ということはありません。大切なのは、「世の中がそうだから」ではなく、「自分にとってどうか」で選ぶことです。
【企業レベル】
成長圧力のバランスと「時間の価値」の再評価
企業経営においては、銀行への返済や株主配当といった「外部からの過度な成長圧力」を受ける資本比率を抑え、自己資本比率を高めて自律的な経営を目指すことが重要になります。
また、経営者や組織のマネジメントとして、次のような視点を持つことが求められます。
- 「社員の給料を増やして、外のサービスを買えるようにする」
- 「社員の仕事の効率を高めて余暇(時間)を増やし、家族との時間や豊かな暮らしを楽しめるようにする」
このどちらも、働く人にとって同等に大きな価値(豊かな成果)であると捉え直すことです。
【社会レベル】
GDP維持へのシフトとルールのアップデート
国家や社会のレベルでは、金利を前提とした「ひたすらGDPを増やし続ける経済成長」を唯一のゴールにするのをやめる時期に来ています。
- 人口減少フェーズに入っている現実を受け止め、GDPは無理に増やすのではなく「人口動態に応じた適切な維持・管理」を意図してマネジメントする。
- 第4回で観たように、テクノロジーがもたらす成果を一部の独占財産にせず、社会の共有財産として還元し、人々の生活基盤の安定に充てる。
社会レベルの提案は、経済や金融の専門家のあいだでも意見が分かれる部分だと思います。ですから、これは「正解」ではなく、「こういう考え方もあるのではないか」という問いかけとして受け取っていただければ幸いです。
総括
私たちが生きたい社会を「一緒に考える」
全5回にわたって社会システムの構造を「よく観る」探求をしてきました。
私たちが直面している生きづらさや焦り、未来への不安は、決してあなた個人の努力不足や能力のせいではありません。私たちが生きている「社会システムそのものが持っている力学」から生じている側面が非常に大きいのです。
システムは一見すると巨大で変えられない絶対的なものに思えます。しかし、それらはすべて、かつて人間が作り出してきたルールに過ぎません。
無意識にシステムに従うのではなく、「システムの外側」から構造をよく観ること。 そして、「自分はどんな豊かさを大切にしたいか」「私たちはどんな社会で暮らしたいか」を自ら問い直し、選択していくこと。
観塾では、これからも時代の構造を見つめ、一人ひとりが自分らしく豊かに生きるための視点と対話の場を深めていきたいと考えています。
みなさんは、これからの生き方や社会のあり方について、どんな未来を描きたいですか?
連載記事一覧(バックナンバー)
第1回:GDPが増えても、私たちが幸せになるとは限らない理由

第2回:「高いもの=価値がある」という錯覚を解き明かす

第3回:産業の限界と「作られた経済成長」

第4回:AIと特許――技術は誰を豊かにするのか?

第5回:「稼ぐように急かされ続ける構造」と、どう付き合うか?【今回】
