私たちは日々、さまざまな出来事に遭遇し、そのたびに心が揺れ動きます。 思いがけないトラブルにイライラしたり、誰かの一言に深く傷ついたり、先の見えない不安に苛まれたり……。
そうした強いストレスや生きづらさを感じているとき、私たちの内側では一体何が起きているのでしょうか。
今回は、心理学やコーチングの領域で広く知られ、自分の内側(深層心理や信念)を紐解くための基本的なフレームワークである「ABC理論」をご紹介します。
事実と感情の間にあるもの――「ABC理論」で紐解く自分の内側
感情は「出来事」から直接生まれるわけではない
「ABC理論」とは、アメリカの心理学者アルバート・エリスが提唱した論理療法のフレームワークです。人の心のプロセスを、次の3つの要素に分解して捉えます。

- A(Activating Event):出来事・事実 あなたの身に起きた客観的な事実。
- B(Belief):信念・解釈・思い込み その出来事をどう受け止めるかという、あなた固有のフィルターや価値観。
- C(Consequence):結果としての感情・行動 出来事に触れたことで生じる、怒り、悲しみ、喜びといった感情や反応。
私たちは普段、「嫌な出来事(A)があったから、嫌な気分(C)になった」と考えがちです。まるで出来事が直接、自分の感情を作り出しているように思えてしまいます。
しかし、この理論が教えてくれるのは「出来事(A)と感情(C)の間には、必ずあなたの信念・解釈(B)が存在している」という事実です。
つまり、同じ出来事に遭遇しても、間に挟まる「B(解釈)」が異なれば、生じる「C(感情)」はまったく違うものになります。
ひとつの「フン」が教えてくれる、捉え方の多様性
少し極端ですが、わかりやすい例をひとつ挙げてみましょう。
もし道端で、犬のフンを踏んでしまったとします。 このとき、あなたの内側にはどんな感情が湧き上がってくるでしょうか。
- 「怒り」が湧く人 内側には「マナーを守らない飼い主は許せない」「自分は不当な被害者だ」という信念(B)があるかもしれません。
- 「落ち込み・悲しみ」を感じる人 内側には「自分はなんてついてないんだ」「いつも大事な場面で運が悪い」という信念(B)が働いている可能性があります。
- 「ラッキー!」と面白がる人 少し珍しいタイプですが、「人生のトラブルはすべてネタになる」「これで今日の飲み会の掴みはバッチリだ」という信念(B)を持っている人なら、むしろ歓喜するかもしれません。
「道端でフンを踏む」という客観的な事実(A)はひとつしかありません。 しかし、それをどう観て、どう解釈するか(B)によって、生まれる感情(C)は「怒り」にも「悲しみ」にも「笑い」にも変化します。
このケースでは、実際には多くの人が、怒りや悲しみのほうが出やすいかもしれません。怒りがわく人の中では、「こうあるべき」「こうしなければいけない」という思い込みが、静かに働いています。
感情そのものを直接コントロールするのは困難ですが、その手前にある「自分の捉え方」を観ることは、今この瞬間からでも可能です。
自分の思い込みには、なかなか気づけない
思い込みは、幼少期からの経験や、周りの大人に言われてきたことの中で形づくられます。「この方が上手くいく」「こうするべきだ」と学んできたものが、人それぞれの思い込みのパターンになります。
ところが、普段それを自覚する機会はほとんどありません。自分が当たり前に使っている捉え方は、「普通」で「正しいもの」に感じられるからです。だから、湧いてきた感情に対して「なぜ自分はこう感じるのだろう」と問うこと自体、あまりしません。
人の心は、出来事をどう捉えるかで変わる。この考え方は、仏教など古くからあるものです。ここで大切なのは、自分の捉え方をまず自覚してみること、つまりメタ認知です。「自分はいま、こう捉えているんだな」と観てみることが、最初の一歩になります。
「〜すべき」が多いほど、苦しくなる
日常生活の中で怒りやストレスを抱え込みやすい人は、無意識のうちに多くの「〜すべき(Must / Should)」という固いBelief(信念)を握りしめていることがあります。
- 「人は電車の中ではこう振る舞うべきだ」
- 「上司なら部下にこう接するべきだ」
- 「親なら子どもをこう育てるべきだ」
- 「自分は常に完璧に仕事をこなすべきだ」
これらの「〜すべき」は、幼少期の体験や周囲の環境、過去の成功体験などから形成されたものであり、決して悪者ではありません。かつての自分を守るために必要だったルールかもしれません。
しかし、そのルールがあまりにも強固すぎると、ルールから外れた出来事に直面するたびに、あなたの心は摩擦を起こし、強いストレス(怒りや落胆)を生み出してしまいます。
自分の内側を「よく観る」とは、「あぁ、自分は今『〜すべき』という思い込みを持っていたんだな」と、客観的に自分のメガネ(認知の癖)に気づくことから始まります。
歴史を振り返れば、古くからの仏教や哲学でも「物事そのものが人を苦しめるのではなく、物事に対する捉え方が人を苦しめる」と語られてきました。心の構造の本質は、いつの時代も変わりません。
内側を緩め、捉え方のグラデーションを広げる
自分の信念(B)に気づくこと(メタ認知)ができるようになると、選択肢が生まれます。「この捉え方しかできない」という状態から、「他の捉え方もできるかもしれない」というしなやかさが芽生えてくるのです。
自分の内側を丁寧に見つめ直し、思い込みを解きほぐしていくためのアプローチをいくつかご紹介します。
1. ノートに書き出してセルフ観察する
強い感情が揺れ動いたとき、紙に「出来事(A)」「生じた感情(C)」を書き出し、「自分はどんな解釈(B)をしたのだろう?」と問いかけてみます。客観的に文字にすることで、自分を渦中から一歩引き取って観ることができます。
2. 他者の「メガネ」に触れてみる
自分ひとりで無意識の思い込みに気づくのは、意外と難しいものです。 信頼できる安全な対話の場(グループワーク、カウンセリング、コーチングなど)で、「同じ出来事に対して、他の人はどう捉えるか」を聴いてみるのもおすすめです。
「そんな風に受け止める人もいるんだ!」という驚きを体感すること自体が、固まっていた自身の解釈を優しく解きほぐすきっかけになります。
3. 「捉え方の実験」を面白がる
「もし、この状況をまったく違うキャラクターの人が見たらどう思うだろう?」と、半ば遊びのように別の捉え方を想像してみます。捉え方のグラデーションを増やすトレーニングを行うことで、心にゆとりが生まれていきます。
総括
私たちが「本質的に豊かに生きる」ためには、外側の環境を整えることと同じくらい、自分自身の内側にある心の構造や解釈の癖を「よく観る」ことが欠かせません。
思い込みや信念は、あなたがこれまでの人生を懸命に生きてきた証でもあります。それらを否定したり無理に捨て去ろうとする必要はありません。
ただ、「自分は今、どんなメガネを通して世界を観ているのだろう?」と優しく問いかけてみること。
その小さな観察の積み重ねが、あなたを不要なストレスから解放し、より自由で柔らかな生へと導いてくれるはずです。
観塾では、これからもこうした心の深層や問いを通して、一人ひとりがご自身の内側を深めていく学びの場を育んでいきます。


