時代の変化が激しさを増すなかで、次世代のリーダーには「数値やビジネスモデルといった外側の構造」を捉える力だけでなく、「人の心理や価値観という内側の動態」を深く見つめる力が求められています。
組織変革が難航する最大の要因の一つは、構成員それぞれが抱く「よい組織」のイメージのズレにあります。経営陣の目指す姿と現場の望む環境が異なるなかで、私たちは何を基準に「より良くなった」と判断すべきなのでしょうか。
今回は「リーダーシップと経営(組織づくり)」の視点から、変革者が陥りがちな「正義の独善」というパラドックスを紐解き、対話を通じて組織固有の「重心とベクトル」を見出していくプロセスを考察します。外側と内側の双方を「よく観る」ことから始まる、これからの時代の組織開発の本質をお届けします。
「組織をより良くする」とは、どういうことか?
「より良い」を決めるのは誰なのか?
「組織をより良くするためのご支援をする」——そう掲げて長年この仕事に携わってきました。しかし、現場を重ねれば重ねるほど、一つの根本的な問いに突き当たります。
「そもそも、『よい組織』の『よい』とは、一体何を指すのだろうか?」
組織を「外側(構造や数値)」と「内側(個人の心理や価値観)」の両面から深く見つめ直すとき、この問いは変革に関わるすべての人にとって避けて通れない「本質的難問」として立ち現れてきます。
1. 視覚と価値観のズレ
——社長と新入社員で異なる「よい」
分かりやすい例として、社長と新入社員が抱く「よい組織」のイメージを考えてみましょう。
- 社長にとっての「よい」: 継続的に利益を出し、変化する市場で成長し続けられる組織
- 新入社員にとっての「よい」: 適切に休日が取れ、先輩の手厚い指導があり、安心して自己成長できる組織

両者の見ている視座(外側の構造を捉える高さ)も視野(見えている範囲)も異なるため、この認識のズレが生じるのはごく自然なことです。これは営業部長と経理部長、あるいは同じ部署の同僚同士であっても同様です。
組織の構成員それぞれが違う「よい」を持っているとき、組織がより良くなる、組織をより良くするとは、いったいどういうことでしょうか。どんな方向に進めば良くなったことになり、どっちに進んでしまったら悪くなったことになるのでしょうか。
2. 「より良い」を決める主体の不確かさ
私はコンサルタント(外部の支援者)なので、クライアントの意向はまず汲み取らなければいけない要素です。クライアントといっても、漠然とした「クライアント企業」ではなく、発注者・決裁者のことです。
発注者が「あのコンサルタントはもう呼ばない」と判断すれば、私は組織と関わる接点を失います。(ちなみに私にとっての発注者は、社長、人事部長、事業部長であることがほとんどです)ですから、発注者にとっての「より良い」には最大限の配慮が必要です。
しかし、発注者である社長が「よい組織とはこうである」と明確に持っているかというと、必ずしもそうではありません。むしろ、なんとなくの漠然としたイメージを持っているのが普通です。
「みんなにとってよい組織が、私にとってのよい組織だ」とおっしゃる社長もいます。こうなると、誰が「よい」を決められるのか、非常に難しくなってきます。
しかも、時間の経過とともに「よい」が変化することも普通に起こります。
さらに、組織を取り巻く外部環境(市場・テクノロジー・社会構造)の変化や、社長自身の内面的な価値観の変化によって、「よい」の定義そのものが揺れ動きます。社長の意向だけに沿って性急に変革を進めても、現場の社員から強い反発が起きれば、変革そのものが頓挫してしまいます。
変革の出発点であり軸となるべき「発注者の意向」でさえ、固定された絶対解ではないのです。
そんな中で、組織にとっての「より良い」というベクトルは、どうやって決まっていくのでしょうか。
組織の「重心」と「ベクトル」を観る
抽象的な表現になりますが、私は組織コンサルタントとしてクライアント企業に関わるとき、組織全体の「重心とベクトル」を感じ取るように意識しています。まさに、組織を「よく観る」ということです。
組織の「重心」
組織には、その組織特有の「重心」があります。
(サッカーに興味がない方には申し訳ないですが……)サッカーのチームをイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。サッカーは、「前線に重心があるチーム」もあれば、「中盤に重心があるチーム」もあります。
野球であれば、「とにかく打力で点を取って勝つのが中心のチーム」もあれば、「圧倒的な守備力で1点を守りきって勝つのが得意なチーム」もあるかもしれません。
その組織の伝統や歴史、文化。
市場環境における、重要な機能や部署。
そうしたさまざまなことが関係しあって、「ああ、この組織は、この辺に重心があるんだなぁ」と感じます。
重心は固定的ではなく、移動します。しかし「動きまくる」ものでもありません。徐々に動くことはあっても、あっちへ行ったりこっちへ行ったりすることはありません。
組織のベクトル
また、ベクトルもあります。その組織が全体として、どういう方向に進もうとしているかという方向性です。
ワークライフバランス重視の方向に進もうとしている、新しいビジネスチャンスの領域に組織体制自体を移行させようとしている、といったものです。
このベクトルも、決して一直線ではありません。
人体と組織は相似形とも言えますが、人も「あっちに進もう」と思いながら「いやでもなぁ……」という自分がいたりします。「転職しよう!」と思っても「やっぱりここで頑張るか」「あっちの会社とこっちの会社、どっちがいいかな」と、さまざまな葛藤や摩擦が起こります。
組織も同じです。大きく言えばAの方向に進もうとしていても、Aがいいと思っている人もいれば、Bに進もうとしている人、Xに進もうとしている人もいるのが組織です。
この、組織の重心とベクトルを感じることは、とても大切なことだと思っています。
組織変革者の「エゴ」と「中立性」のパラドックス
ここで最も重要な要素となるのが、変革を推進する当事者(外部支援者、または内部の変革リーダー)自身の内面です。
私のように外部コンサルタントとして変革を支援する人もいれば、組織の内部から変革しようとする人もいます。
この変革者も人間であり、当然その人なりの「よい」を持っています。そして、その「よい」は、社長の「よい」とも新入社員の「よい」とも違うのが普通です。
内部変革者の方のご相談に乗ることもありますが、内部変革者の「よい」と社長の「よい」が違う、ズレている、ということは本当によくあります。
だからこそ、組織変革者は「自分自身が『よい』という価値観を持っている一人の人間である」と自覚することが非常に重要です。組織変革者は、無色透明なファシリテーターには決してなれません。
これは私自身の失敗経験でもあるのですが、組織変革者はややもすると「自分は無条件にいいことをしている」という傲慢さに陥ることがあります。
言い換えると、「私が思う『よい』は、みんなにとっても『よい』に違いない」と思ってしまうのです。「自分はそう思っている」という自覚があればまだよいのですが、無自覚・無意識にそう思ってしまうケースがあります。
例えば、自身がコーチングを受けて深い体験をした変革者が、「コーチング文化を広めることこそが組織の絶対的な正義だ」と思い込んでしまうケースです。このとき、無自覚な正義感によって、関心を示さない人々を敵として捉えてしまう構造が生まれます。
【変革者が陥りやすい罠】
「私の『よい』=全体の『よい』」という無意識の前提
↓
自身の価値観を「絶対的な正義」として推し進める
↓
異論や違和感を持つ層を「抵抗勢力」として排除・対立してしまう
私は、組織変革者が「よい」を持つことを否定しません。むしろ、「よい」を持っていなければ組織変革を推進することはできないでしょう。
しかし、自分が持っている「よい」に無自覚になったり、独善的になったりすることには、非常に慎重であるべきだと考えています。変革支援をするプロフェッショナルであれば、なおさらです。
組織変革に携わる方は、ファシリテーションを学ぶことが多く、そこでは中立・ニュートラルであることが強調されがちです。実際、組織変革を進めるうえで「判断を保留する」「傾聴する」ことは非常に重要です。しかし、だからといって、ひとりの人間が「私は中立な人間です」と完全になることは、難しいどころか、おこがましく、そして危険です。
……少し熱くなりすぎてしまいました。プロフェッショナルとしてこだわっている部分ですので、ご容赦ください。
「自分は『よい』を持っている一人の人間である」と自覚していること。それが、組織変革者にとって、とても大切なことだと思っています。

対話を通じて「よい」が『生まれる』
では、真の「組織にとってのより良い方向」とはどのように見出されるのでしょうか。
それは、特定の誰かが頭で考えた定義を押し付けることではなく、丁寧な「対話の場」を通じて立ち現れてくるものです。
対話によって、個々人のベクトルが可視化され、対話によって、組織としてのベクトルに収束していきます。厳密に言えば、「ある程度」可視化され、「ある程度」収束する、ということです。
そうした対話の場をたくさん経験させていただきましたが、いい対話のあとには、場に集う人々の主語が「私」から「私たち」へと変化します。
「そうか、私たちは本当はこちらの方向へ進みたかったんだ」
「私たちが目指すべき姿として、とてもしっくりくる」
これは、全員の価値観や意見が100%完全に一致するということではありません。「重なり合う部分(共通のベクトル)」と「違っていてもよい部分(個性の多様性)」が互いに明確になり、受け入れられた状態です。
それはまさに、「生まれてくる」という表現がぴったりのものだと思います。組織の「より良い」とは、最初からどこかに用意されている答えではなく、内側と外側を「よく観る」対話のプロセスから“生まれてくるもの”なのです。
総括
「より良い」を育むリーダーへ
組織づくりに、あらかじめ用意された普遍的な正解はありません。
だからこそリーダーに求められるのは、自らの持つ「正義やこだわり」という偏りを深く自覚し(内側を観る)、異なる「よい」を抱えた仲間と向き合い続ける覚悟です。
あなたはいま、自分自身のどんな「よい」を携えて組織に向き合っているでしょうか。そして、目の前の仲間たちと共に、どんな「私たちのベクトル」を描こうとしているでしょうか。
自分自身の価値観の偏りや深層心理にあるエゴを深く自省し(内側を観る力)、多様な「よい」を抱えた人々との対話から「私たちのベクトル」を紡ぎ出していく姿勢こそが、これからの時代のリーダーシップの本質だと私たちは考えています。

