夫婦関係は「人生で一番の修行」?私たちはなぜ、身近な人ほど傷ついてしまうのか

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よいパートナーシップを育むというのは、なかなか難しいものです。「どこの夫婦もこんなんもんなんじゃないの?」という声もよく耳にしますし、私自身、バツイチですから偉そうなことは言えません。

「夫婦関係というのは、人生で一番の修行だ」と言う人もいるくらいですから、古今東西、一筋縄ではいかない問題です。

それでも、今この文章にたどり着いたということは、「パートナーシップをよりよくしたい」という想いがあなたの中にあるからなのだと思います。

今回は、対人支援の仕事に携わる中で、多くのリアルな相談を通じて見えてきた、私なりの「パートナーシップのコツ」を全3回にわたってお伝えします。

第1回【関係性の前提】「愛し合っていれば大丈夫」の幻想を捨て、距離の技術を学ぶ

パートナーシップが難しいそもそもの理由

人間関係というのは、そもそも「距離が近い」ほど難しくなるものです。

隣の部署の部長との関係で悩む人はあまりいませんが、直属の上司との関係性で悩む人はたくさんいます。それは「距離が近い」からです。

母親と、実家で暮らしていた頃は折り合いが悪かったが、実家を出て一人暮らしになってからは、母親との関係が良くなった、というようなこともよくあります。それは、適度に距離が離れたことによって、関係性も良くなったということです。

人間関係において「距離」というものはとても重要な要素です。

よく例えて言うのですが、例えば航空機ショーなどがあります。たくさんの飛行機が非常に近い距離で一緒に飛び回っている。それはすごい迫力だったりします。

非常に近い距離で飛びまわるブルーインパルス Photo by ぱくたそ様

しかし、もしこれが飛行機間の距離が離れていたらどうでしょう?どれほど動きがシンクロしていたとしても、それほど感動はしないのではないでしょうか?

「ミスしたらぶつかってしまう」ような近い距離にもかかわらず、シンクロ飛行をしているからこそ「すごい!」と思うわけです。「近くにいても事故にならない」というのは、それだけの飛行技術があるからです。

同じように、普通に車で道を走っていても車間距離を十分に取っていれば事故になる確率はぐっと減ります。「離れている」ということは、事故にならない重要な要素なのです。


このことから言えるのは「近くの距離で一緒に暮らす」というようなパートナーシップには、高い技術が求められるということです。技術がなければ、すぐにぶつかって事故になってしまいます。

ところが、多くの人は「パートナーシップに技術が必要」という認識がまずそもそもありません。

「愛があれば大丈夫」「愛し合っていれば幸せに過ごせる」というような、抽象的で、曖昧な認識でいたりします。特に若いうちはそうかもしれません。

しかし、長年パートナーシップについて探求してきて思うのは「よいパートナーシップを育むには、高い技術(スキル)が必要」ということです。

逆に言えば、しっかりとしたパートナーシップのスキルを身に着けていれば、よいパートナーシップを育んでいくことができる、ということです。

他人と一緒に暮らすということ

一つの家の中で、他人の二人が一緒に暮らすというのは、当然難しさがあります。まず「難しいものだ」という認識が必要です。「愛し合っていればなんとかなる」というようなものではないのです!

生まれた場所も、育った家庭環境も、育まれてきた価値観やルールもまったく異なります。何に安心を感じ、何に恐怖やストレスを感じるかも違います。「これはストレスだ」と言っても、どれくらいストレスを感じるかの度合も違います。

別々に暮らしていた頃には気にならなかったものも、一緒に生活をするとなると違いが気になります。

掃除の頻度、掃除の仕方、洗濯、料理、お金の使い方・・・・などなど、「気になる」ことになる可能性があるものは百も千も万もあります。

どのくらいで「綺麗だ」と感じるかは人それぞれ Photo by ぱくたそ様

例えば、洗面台にホコリが溜まっているのが「嫌だ」としても、片方は「10くらい嫌だ」と感じていて、もう片方は「10,000くらい嫌だ」と感じている、というようなこともあります。

これは、距離が近いからこそ発生するものです。

例えば別居していれば発生しなくなってしまう問題もたくさんあります(だから、現実的に例えば別居婚とか、通い婚のような形態がよいというケースももちろんありえます)。

もちろん、一緒に暮らしていなくても「どれくらいの頻度で連絡を取るか」とか、「どれくらいの頻度でデートをするか」といったことでも違いはあるものですが、一緒に暮らし始めると、より一層違いが表出する場面が増えるわけです。

どうしても「違い」が見つかってしまう

例えば恋愛結婚だった場合、最初の頃は恋心、ロマンス、好きな気持ちで乗り切れてしまうこともあります。「趣味が同じで、一緒にいて楽しい」というようなことももちろんあります。

しかし、一緒に生活をして半年、1年、3年となってくれば当然それは「日常の生活」になり、もし「日常の生活」が「違いによるストレス」だらけになっていたら、それは苦しいものになるでしょう。

パートナーというのは、ある意味で「他人」ですから、違いがあって当然です。この「違い」をパートナーの中でどう取り扱っていくかが、パートナーシップの鍵になります。

まず、よくあるのが「普通こうでしょ」というコミュニケーションです。

違いがあった時に「自分の考え、感覚の方が普通(≒正しい)」だと考え、それを相手に伝えるわけです。この時はもちろん「言っている私の方が正しい」と思っているわけですし、「間違っている相手が、直せば良い」と思っています。

ここでまたよくあるのが「いやいや、あなたの感覚の方が普通じゃないよ、おかしいよ」と反論されることです。そしてこの時に、意見がぶつかって喧嘩になってしますということもよくあります。

そして「ああ、喧嘩になってしまうからもう言わない」となることもまた、よくあります。飲み込むようになるのです。

そして、飲み込むことが増えていきます。飲み込むことが当たり前になっていきます。当然そうなれば二人の関係は冷えていきます。

一緒に暮らしていて物理的には近い距離にいますが、心の距離はどんどん離れていく、ということになります。

「相手に期待しなくなってから楽になった」
「ただの同居人だから、別に何も気にならない」

そのような夫婦関係になっているケースもたくさん見ます。


「それでいい」というのであれば、これ以上読み進める必要はありません。

しかし「よいパートナーシップを育む」ということは、それ以上のものがあるという前提です。豊かなパートナーシップを育んで、幸せに豊かに過ごすことはできるのです。

では、違いについて、喧嘩するでもなく、飲み込むでもなく、どう取り扱ったらよいのでしょうか?

一つのヒントとして、まず米国のカウンセラーであるゲーリー・チャップマンが提唱した「The 5 Love Languages」を取り上げてみたいと思います。

人が「愛を感じる」5つのプロトコル(方式)

「The 5 Love Languages(5ラブ・ランゲージ)」とは、人は、何によって愛情を感じるかのプロトコル(方式)が、主に次の5つに分かれているという考え方です。

言葉は、「愛している」「ありがとう」「大好きだよ」といった言語そのものを重視します。例えば手紙をもらう、といったことも愛情表現としてとても嬉しく感じます。

時間は、とにかく一緒に過ごす時間がある、ということで愛を感じます。旅行や映画に一緒に行く、というようなこともそうですし、リビングで二人でダラダラ過ごすというようなこともそうです。

プレゼント(物)は、分かりやすくそのまんま「プレゼント」によって愛を感じます。物を贈ってくれるということが、とても愛として感じられるのです。

奉仕は、具体的なアクション、サポートです。例えば「車で迎えに来てくれる」とか「洗濯・掃除をしてくれる」とかということです。そこに愛を感じます。自分がいない間にやっておいてくれても全然いいので、そこは「時間」とは違います。

スキンシップも、そのままスキンシップです。スキンシップを取ることによって愛を感じます。

この5 Love Languagesのすれ違いによって、パートナーシップの悲劇が起こっているということはよくあります。

例えば、自分は「言葉」が1番で、「プレゼント(物)」が5番だとします。そして、相手は「プレゼント(物)」が1番で、「言葉」が5番だとします。

こうすると、分かりやすく悲劇が起こります。

自分からは、相手の誕生日に心を込めて手紙を書いて送ります。ところが相手からするとそれは全然嬉しくない、手紙はいいから、ちゃんとプレゼント(物)が欲しいのに、それは叶えてもらえない。

逆に、自分の誕生日にはプレゼント(物)がもらえますが、肝心の言葉は添えられていない。それでは愛が感じられない。

そんなことが起こったりするわけです。

ちなみに、これは恋人、夫婦、パートナーシップといった関係だけでなく、親子関係でも生じます。

お父さんはプレゼントを重視する。仕事をして稼いで、立派なプレゼントをあげる。ところが子供の方が欲しいと思っているのは一緒に過ごす「時間」であって、それは全然満たされていない、とか。

お母さんは、言葉を重視する。いっぱい言葉をかけてくれるし、アドバイスもくれるし、愛情表現もある。でも一番欲しいのはスキンシップで、ただただ抱きしめて欲しいけれど、それは満たされていない、とか。

こういうすれ違いは起こります。

「愛を送る側」からすると、自分にとってそのプロトコル(方式)が愛を感じるものなので、それにそって愛を表現します。

しかし「愛を受け取る側」からすると、自分は重視していないプロトコルで送られているので、気づけないか、気づいたとしてもそれほど愛を感じられない、受け取れない、ということが起こります。

その結果「あの人は、私のことを愛していないのだ」ということにもなってしまう。ところが、相手からすると「こんなに愛しているのに、どうして伝わらないのだろう?」ということにもなってしまいます。

このことを防ぐためには「5 Love Languagesがある」ということを知ることが、まず第一歩です。

そして「どうやら、自分と相手とでは、愛を感じるプロトコルが違うらしい」と違いを理解し、受け止めるということです。

これだけでも全然違います。無駄な喧嘩が減ること間違いなしです。


さらにその上で「これはこの人なりの愛情表現なんだ」と受け止められるようになれば、愛を育みやすくなります。

そしてもう一つ「私は、この方法で愛して欲しい」ということをしっかりと伝える、ということもあります。

例えば

「いつも、掃除とか、買い物とか、送迎とか、奉仕を大事にして愛してくれてありがとう。私のタイプとしては、ただただ一緒に過ごす時間というものが一番愛を感じるし、幸せ。だから今度の週末はただ、のんびりゆったり二人で過ごす時間をプレゼントして欲しい」

といったように。

「言わなくても分かって欲しい」「言わないと分からないなんて、その時点で自分を愛してくれていない」というような抵抗や葛藤があることもあるかもしれませんが、このすれ違いは、ちゃんと伝え合わないと、お互いを理解し合うことは難しいのが現実です。

違いがある。
お互いの違いを受け止め合う。
相手の個性を尊重し、自分の個性も大事にしてもらう。

このことはパートナーシップを育む上で、土台となる原則であると言えます。

今回のまとめと次回予告

相手との「違い」があることを知り、受け止め合うこと。相手の個性を尊重し、自分の個性も大事にしてもらうこと。

このことは、パートナーシップを育む上で土台となる原則です。

次回(第2回)は、この「違い」を日常の暮らし(掃除や価値観の衝突)の中で具体的にどう取り扱っていけばよいのか?

また、調査で分かった「幸せな夫婦に共通するたった一つの特徴」について深く紐解いていきます。

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