「親のこういうところが変わってくれたらいいのに」
「もっと尊敬できる親であってほしかった」
そう思ったことはありませんか?
大人になり、どれだけ自分の人生を歩んでいても、どこかで「親への失望」や「親に変わってほしいという願い」が消えないことがあります。
しかし、私たちが「親を変えたい」と強く願うとき、本当に向き合うべきテーマは「親の人間性や態度」そのものではないのかもしれません。
今回は、観塾の探求テーマである「内側をよく観る」という視点から、「親を変えたい」という衝動の奥底に隠された真の問いを解き明かしていきます。
親に変わってほしいと思う期待を一度脇に置いて、自分の内側にある感情の根っこを、静かに一緒に観ていきましょう。
「親を尊敬できない」と悩むあなたへ
── その葛藤の正体とは?
境界線を観る ──「あなた」と「両親」は別の生命である
親に対して尊敬できない部分があるということは、言葉の乱暴さ、お金の使い方、ネガティブな思考パターン、価値観の浅さなど、あなたにとって納得のいかない要素が確かにそこにあるからでしょう。
けれども、「その親のもとに生まれた」という物理的な事実と、「あなたがどのように生きるか」という内面の事実は、明確に切り離すことができます。
- 両親は無学かもしれないけれど、あなたは学びを深めてきた。
- 両親は運動が苦手かもしれないけれど、あなたは体を動かす喜びを知っている。
- 両親はお金と上手に向き合えなかったかもしれないけれど、あなたは自分の力で豊かさを築いている。
境界線をしっかりと引き、「私は私として生きている」と思えているのなら、尊敬の有無にかかわらず、すでにあなた自身は満たされているはずなのです。
願いの正体を観る ── なぜ「親に変わってほしい」と思うのか
それにもかかわらず、「いや、親に変わってほしい」という強い衝動が湧いてくるとしたら、一体なぜでしょうか。
例えば、「パートナーに親を引き合わせるのが恥ずかしいから、まともな親になってほしい」という場面を考えてみてください。
ここで私たちが本当に向き合うべきなのは、親を変えることではなく、「パートナーとどこまで自分の内面を分かち合えているか」という課題です。
「私は自分の両親を尊敬できていないし、引き合わせるのも少し恥ずかしいと感じている」
そう素直に打ち明けたとき、パートナーが「そうなんだね。親のことは関係なく、あなたという存在を尊重しているよ」と受け止めてくれるなら、親を尊敬できていないこと自体は何の障壁にもなりません。
もしそこで問題が生じるのだとすれば、向き合うべき本質は「親がどんな人間か」ではなく、「ふたりの対話の深さ」なのです。

葛藤の根っこを観る ──「最初から完璧であってほしかった」という執着
あるいは、「どうしても尊敬できる親であってほしい」という思いから、親を教育したり、成長を全力で手助けしようとする人もいます。
条件を書き出し、それを親がクリアできるように働きかける──理論上は不可能ではありません。しかし、仮にそれをやり切ったとしても、どこかで不全感が残ることが多いのです。
「自分が介入して変えたのではなく、最初からそうあってほしかった」
自分は動かずに親が変わるのを待つのは難しく、かといって自分が親の“育成役”になるのも、本来の健全な親子関係とは言えません。
では、なぜそこまで「完璧な親」に固執してしまうのでしょうか。
「尊敬できない」の奥に眠る幼い日の傷
「尊敬できない」という冷ややかな感情の裏側には、「本当は、尊敬したかった」という幼い日の切実な願いが眠っています。
他の家と比べて「いいなぁ」と思ったことがあったかもしれません。恥ずかしい思いをしたことがあったかもしれません。友達に親のことを馬鹿にされて、嫌な経験をしたこともあったかもしれません。そのたびに傷ついて「尊敬できるような親であってくれたらよかったのに!」と思ったのではないでしょうか。
そのとき傷ついていたのは、誰でもない幼少期のあなた自身の心です。
これらの気持ちは、幼い頃の自分にとっては、とても引き受けきれないような大変な気持ちだったりします。
そして、自分を守るために、思考が動き出します。
「親が違ったら、こんな思いをしないで済んだのに」
「親が悪いんだ」
「親が変わるべきだ」と責める思考は、幼い心が崩壊するのを防ぐために生み出した、大切な“盾”だったのです。
この考え方は、自分の心を守るために、自分が生み出したものです。だからこそ、自分自身で、その考え方を変えていくこともできます。
自分の内側を受け止め、新たな一歩を踏み出す

親への批判や「変わってほしい」という願いは、過去のあなたが心を守るために必要だった仕組みでした。 しかし、大人になった今のあなたなら、その仕組みを客観的に「観る」ことができます。
向き合うべき相手は、親ではありません。傷ついていた当時の自分の気持ちです。
親を変えようとするのをやめ、自分の内側にある過去の痛みをそのまま受け止めてあげてください。ただそれだけで、長年抱え込んできた感情が解放され、心がすっと軽くなっていくのを感じるはずです。
総括
両親に対して「尊敬」という感情を持てなくても、何も問題はありません。 「尊敬はできないけれど、命をつないでくれた感謝はある」という静かな地点に落ち着くこともあれば、今はただ距離を置くことが正解である場合もあります。
両親を尊敬できなくても、あなたの人生の価値は何一つ損なわれません。
「親を変えたい」という衝動の奥にあった自分の感情をよく観て、どうぞあなた自身の足で、本質的に豊かな人生を歩んでいってください。


