嫌なことがあった日、あなたは自分にどんな言葉をかけていますか?
「なんでこうなっちゃったんだろう」
「自分の何がいけなかったんだろう」
そうやって、すぐに原因探しを始めていませんか。
真面目な人ほど、トラブルが起きたときに真っ先に自分を分析し、反省し、改善しようと頑張ってしまいます。 けれど、心の声を聞き置いたまま「反省」ばかりを続けていると、自分の内側は少しずつ疲弊していってしまうのです。
今回は、自分の内側に目を向け、本質的に豊かに生きていくための切り口として、「母性」と「父性」という2つの接し方をお伝えします。
※ここでの「母性」「父性」について
身体的な性別やジェンダーの話ではありません。男性の中にも母性はありますし、女性の中にも父性はあります。誰もがその両方を自分の中に持っています。
感情を受け容れ、論理で導く
── 内なる「母性」と「父性」のバランス
「受けとめる母性」と「分析する父性」
自分の中にいる「母」と「父」の役割を、次のように整理してみます。
- 母性的アプローチ(受容と抱擁) 湧き上がってきた感情や状態を、善悪の判断を挟まず「優しく受けとめる」「そのまま包み込む」接し方。
- 父性的アプローチ(分析と導き) 事象を客観的に捉え、「理知的に分析する」「構造的に整理して改善へと導く」接し方。
仕事や日常でストレスを感じたとき、私たちは無意識に父性的アプローチ(分析)ばかりを使いがちです。
「どう考え直せばよかったのかな」 「自分のどこを直すべきだろう」
こうした自己改善の視点は、社会の中で成長していくために欠かせない大切な力です。 ですが、内側の感情を置き去りにしたまま「父性(分析・正論)」だけを動かし続けると、心はやがて息苦しさに押し潰されてしまいます。
大切なのは「巡らせる順番」
自分に対するときも、他者に対するときも、とても大切なのはアプローチの順番です。

原因探しを始める前に、まずは①の「母性的アプローチ」を挟んであげることがポイントです。
① 母性のアプローチ:内なる声を聞き届ける
嫌なことや傷つくことがあったとき、まずは自分自身に対して母性的な態度で優しく寄り添います。
- 「あれは本当に嫌だったよね」
- 「すごく悲しかったし、悔しかったな」
- 「腹が立つのも無理はないよ」
思考で批判したり、「でも自分にも悪いところがあったし…」と感情を打ち消したりせず、ただ「そう感じていた自分」をそのまま肯定してあげます。
人間は不思議なもので、自分の感情を誤魔化さずにしっかりと「感じ切る」ことができると、心がフッと軽くなります。「今まさに苦しい」状態から、「確かにあの時は嫌だったな」という過去の出来事へと自然に昇華されていくのです。
誰かに愚痴を聞いてもらって「話したら楽になった」と感じる体験とまったく同じことを、自分自身の内側で行ってあげます。
② 父性のアプローチ:これからの方向を観る
母性によって十分に感情が受け容れられ、心が落ち着きを取り戻して初めて、父性(分析)の出番がやってきます。
- 「では、次に同じような場面が起きたらどう振る舞おうか?」
- 「今回はどんな構造でこの出来事が起こったのだろう?」
- 「コントロールできない相手の特性と、自分がコントロールできる部分はどこだろう?」
この順番を踏むことで、分析は「自分を責める刃」ではなく、「前へ進むための健やかな道標」へと変わります。
「父性」だけに偏ったときに起こること
母性を介さず、父性的な「正しさ」や「強さ」だけで乗り切ろうとし続けると、どうなるでしょうか。
社会的に成功している経営者やリーダー層の中にも、「立派で強い自分」を演じ続けるうちに、内側の「辛い」「しんどい」という弱い感情を抑え込みすぎてしまい、限界を迎えてしまう方が少なくありません。
自分の内なる弱さを抑圧してきた人は、無意識のうちに他者に対しても「立派であること」「正しくあること」を厳しく求め始めてしまいます。
その結果、家族や部下に対して強いプレッシャーをかけてしまい、人間関係がぎくしゃくしたり、人が離れていってしまうという摩擦を引き起こすこともあります。
自分の内側にあるネガティブな気持ちや弱い感情を「無価値なもの」として追いやらないこと。それが、巡り巡って外側の世界との関係性を調律することにも繋がります。
総括
二つの眼で、内側を「よく観る」
父性を否定する必要はまったくありません。社会の中で生きていくためには、確かな分析力や構造的思考(父性)も不可欠です。
大切なのは、「母性という温かい土壌」の上に「父性という導き」を育てること。
何か心に引っかかりを感じたときは、少し立ち止まって、自分の内側を「よく観て」みてください。
- 「自分は今、いきなり自分を裁こうとしていないかな?」
- 「『そうだよね』と寄り添う時間を、自分に渡せていただろうか?」
内なる母性と父性の両方を認め、調和させていくこと。 それこそが、時代や環境に揺さぶられず、自分自身の軸を持って本質的に豊かに生きるための確かな一歩となります。


