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家庭のことも頑張りたいが、仕事も頑張りたい……

育児論のような話になるかもしれません。例えば私の場合、「自分がどういう父親であるべきか」と問われた時に、「自分が楽しそうにしている父親でありたい」と思います。特に子供に対して何かを具体的にしてあげる、ということがあってもなくても良いと思っていて、ただ楽しんでいる、かっこいい父親の姿、一人の人間として生きている父親の姿を、自分の子供には見て育ってほしいのです。
そして、それで自分もそうなりたいと思ってくれるのならもちろん嬉しいですし、いや、自分は違う道、違う人間、こういう全く違う人間になりたいと思うなら、それはそれで良いと思うんですよね。大切なのは、私自身が楽しんでいる、自分の理想の姿でいることだと思っています。
そして、これを実現するためには時間を使わなければなりません。例えば、会社の仲間と飲みに行ったり、お客さんと勤務時間外に語り合ったり、対話する時間を持ったりすること。そういった自分が自分の人生を楽しんでいる時間、もちろん家庭の時間は楽しいのですが、そうではない一人の人間として大切にしている時間を過ごさなければ、自分が自分らしくいられない時に、どうしても家庭の時間を割いて、もともとは家庭に使っていた時間をそちらに振り分けて、自分自身のあり方のバランスも取らなければならないのです。
ただ、先ほども言ったように、どうしてもそこには時間が奪われてしまうので、それが社会的に見たら、「すごく自由な父親だな」とか、「責任感がない父親だな」と思われているのではないか、という不安感があります。
これは家庭の中ではある程度解消できているつもりではいるのですが、妻も「あなたがやりたいことだから応援する」という感じなので、そこはやはりずっとモヤモヤし続けています。精神的な自分のあり方と時間の配分に、どうしてもトレードオフの部分があるな、と感じていますね。
なるほど。今聞いて私が思ったのは、私の観点でしかないのですが、他からの目、社会の目、例えば、お取引先と飲み会に行きました。Jさんがお子さんがいることは、先方も知っています。
そこに、男性でも女性でも良いのですが、あえて女性社員と言いますが、女性社員がいらっしゃって、「Jさん、小さなお子さんがいるはずなのに飲み会に来ちゃうんだ」というような顔をしている気がする、といったことが、まああったりするということなのだろうな、と思うのですが、それは気のせいなのか、それとなく言われるのか。
正直、私がそこにそれを想像した時に思ったのは、「ああ、うちはそういう感じでやっているんです」ということを、なんか自信を持って言ったら良いのではないか、というのが最初に正直思ったところです。もしこれがご家庭の中で話し合いができておらず、奥さんから見て勝手な行動だとしたら、まず一番身近な人とちゃんと話し合ってからどうするのか決めるべきだ、と思うのですが、そこはちゃんと話し合いができているということであれば、それこそ他人のことをとやかく言う必要も、言われる必要も別にないのではないでしょうか。「ああ、うちはこういうスタイルで夫婦で話し合ってやっているんですよ」というのは、全然ありだと思います。
例えばですよ、皮肉めいて、「え、なんか生々しいですね、古いですね」と仮に言われたとしますよね。でも、それはその人がそう皮肉を言いたくなるような何か状況だったり、価値観を持っているだけの話なので、Jさんがそれを気にする必要は正直ないだろうな、と思います。
私は、割と近しい仲の良い友人知人で、奥さんが専業主婦のご家庭を知っているのですが、そこの夫婦は本当に、「夫が稼ぐ、妻が家のことをやる」というスタイルです。家でいわゆる靴下脱ぎっぱなしみたいなことも平気でしますが、そこはご夫婦で「私たちは役割分担が違うから」とすごく納得されているのです。お互いにすごいリスペクトを持っていて、話していると「家のことやってくれてて」と夫が言い、奥さんの方も「外でちゃんと稼いできてくれてて」という状態です。
別にそれをね、「古い」とか批判したければすれば良いですが、当事者たちがそれで幸せに暮らしているのなら、別にそのスタイルで何か問題ありますか、とは思います。そうではないスタイルももちろんあるでしょうし、色々なスタイルがあって良いと思うのですが、当事者たちが「うちはこのスタイルが良いよね」というのがあるのであれば、人からそんなとやかく言われる筋合いはないな、という、少し強い言い方をしたくなりますが、そんな気がしたのですが、いかがでしょう?

ありがとうございます。なんか最初に石川さんに言ってもらった、「コミュニティを相談できる仲間を少数で良いから作る」というところと、あとは「家で何を大切にするべきかをきちんと話し合う」、なんかここに戻ってきたな、と今話を聞いていて思いました。もちろん、外からとやかく思われているんじゃないか、とかって思うのは、本当におっしゃる通り意味がないですし、そういう価値観を持っている人は、そういう価値観を持っている人で良いと思いました。
で、それでも多少なりとも私自身の心が揺れてしまう理由が、やはりそういうのを共有できる仲間、つまり「他の家庭はどうしているんだろう?」という情報が少ないこと、そして、もっと家庭内でも納得して胸を張って言える、「私たちはこういう配分ですから」とか「こういう役割ですから」というのを言える状況を作らなければならないのかな、という、この2つに戻ってきたな、と思って。そう考えると、やっぱりそこの2点はやれていない、やりきれていない、というのが、すごく大きな気づきでした。
もっと仕事を頑張りたいが社会の目が気になる
- どういう配分や役割分担で、家庭のことをするのか/仕事に取り組むのかは、各家庭の事情や状況、夫婦の個性によって「いいバランス」は違うのが大前提
- 社会の流れや他者の評価が気になるとしたら、まずはちゃんと当事者同士が話し合い、納得していることが大事
- もしお互いに納得して幸せに暮らしているとしたら堂々とそれで過ごしたらよくて、それでもとやかく言ってくるの人がいたら、それは相手の問題かも

