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本心から自分が望んでいることは何だろうか。

一般世間一般で年収1000万は超えたいとか、痩せてかっこいい方がいいに決まっているみたいな一般的に思われていることが、自分の欲求でもあるっていう風に思って、あんまりこう疑問を持たなかったりとか、ちょっとこう深く考えたつもりでも、外発というか、普通こうだろうみたいなところに影響を受けるっていうのは、すごいいっぱいあるなっていう風にまず思いました。
あとはもう就活の時から何がやりたいんだろうかみたいなところの迷子に自分自身もすごいなってきましたし、周りもいっぱい見ていましたけども、自分自身の本当の欲求に、こう、気づくみたいなのは、こうずっと考え続けても難しいなっていうのは、なんか改めてお聞きしていて感じたところですね。
そうですね。自分が本当に望んでいることって、なかなか分からないものですよね。
でも、自分が本当に望んでいることを感じ取る前に、それを感じ取れないように蓋をしているものが、多くの方にはたくさんあるんです。思い込みで蓋をされている、と言っても良いかもしれません。ですから、本当にその人が望んでいること、例えば「こういうのが好きなんだ」とか「こういうことをしたいんだ」という気持ちが湧いてくるためには、まずその蓋を取り除く必要があるんですよね。
しかし、蓋を取り除く作業というのは学校で習うわけでもなく、なかなか難しいものです。蓋を取り除かずに「何をしたいんだろう?」と考えても、蓋が邪魔をして本当に湧いてくるものを感じ取ることは難しいでしょう。
そうですね……動画をご覧になっている方には少し説明不足な点があるかもしれませんが、以前と比べるとTさんは今、何か湧いてくるものがあるかもしれない、と感じ始めているのではないでしょうか?
それは、相当思い込みを手放してこられたからだと思います。「あれ?お金って?仕事って?パートナーや家族って?何か思い込んでいたけど違ったぞ」というように、「これは思い込みだったんだ」という蓋が外れてきたので、以前と比べると、今ではかなり感じ取りやすくなっているはずですよ。
「本当に心から望んでいることは、例えば1億円の豪邸に住みたいとかではなくて、心の穏やかなパートナーと笑って過ごせるソファーがあれば十分なんだ」とか、あるいは「高級ホテルは疲れてしまうから、むしろ民宿にちょこちょこ行ける生活の方が旅行として楽しいんだ」「いや、本当にお金を貯めて3年に1回、最高級のホテルに泊まる方が満足度が高いんだ」などと、ご自身にとって何が大切なのかが分かってくるはずです。
皆さん、どうしても情報に振り回されてしまいますよね。「これが幸せです」という情報が溢れていて、SNSなどを見ていると、「やはり高級車に乗ったら幸せになれるのかな?」と思う一方で、「いや、今は地方で土いじりをするのが幸せなんじゃないかな?」と思ったり。
思い込みを手放せていない人は、全て試してみても結局自分が何を楽しめるのかが分からず、どれをやってもピンと来ない、ということになりがちです。しかし、しっかりとこう思い込みを手放していくと、「自分はこういうのが幸せなんだ」「こういう時間が好きなんだ」「こういう場所が好きなんだ」「こういう人が好きなんだ」ということが、とても感じ取りやすくなってくるんです。……という話なのですが、ここまで聞いてどうでしょうか?

そうですね。色々なことを試してみても、何が自分にとって本当に幸せなのか、何を求めていたのかが分からなくなってしまうというのは、本当によくあることだなと感じました。そのために思い込みを手放すということでしたが、これまで時間も労力もかけて少しずつ手放してきた感覚があるので、言うのは簡単でも、実際にやるとなると大変なことだなぁと思いました。だからこそ、それだけインパクトの大きいことなんだなと改めて感じました。
安心して信頼できる人間関係がある人生がいい
Tさんが今、「改めて自分は何を望んでいるんだろうか」ということを考えてみた場合、どんなことが浮かんできますか?頭で考えるというよりも、何かこう、心の奥底から湧いてくるようなもので。

そうですね……自分が望んでいることとしてパッと浮かんでくるのは、やはり人との繋がりですね。もう少し具体的に言うと、安心して信頼できる人と日々を過ごしていきたい、かな。多分それは、そういうパートナーと出会って結婚して、共に人生を歩んでいくということなのかな、という風に思います。
なるほど。もちろんパートナーシップや家族というのも大切だと思いますが、安心して信頼できる人間関係の中で日々を過ごしていくことが本当に大切なのであれば、先程の仕事の話に戻りますが、安心して信頼できる人間関係を育む努力を日々していけばいいんです。
同僚でも、お客様でも、上司と部下でも、あるいは業者の方でも、あるいは週末にカフェに行った時に接してくれる店員さんでも……正直なところ、それは全ての人間関係において、「安心して信頼できる人間関係を構築しよう」という気持ちで接していれば、おのずとそうなっていくはずです。すると、生きている上での幸福感や安心感、充実感が大きく変わってくると思います。

そうですね。先程パートナーシップや結婚という言葉を使いましたが、何か言いながら、どこか満たされない気持ちがありました。それはまさに、今石川さんが仰ってくださったように、友人や知人との関係もそうですし、社内の人やお客様、あるいは日常生活で接する店員さんなど、本当に全ての人との関係において言えることだなと強く共感しました。
さっきクリーニング屋でYシャツを受け取った際に「寒いのでお気をつけください」と一言添えていただいたんですが、それだけでとても嬉しい気持ちになりました。
もちろん、自分が言うだけでなく、相手からそう言っていただけると嬉しいですし、自分からそういった言葉をかけるようにすると、きっと相手も何か返してくれるでしょうし、仮にそうでなくても、きっと良い気持ちになると思います。そういった人との関わり方をそういう人との関わり方を、一瞬一瞬こう過ごせていけたらすごく幸せだなぁって感じられる気がしてますね。
安心して信頼できる人間関係はどこからでも始められる

っていう風に思いつつ、一方でこう仕事の現場だと、駆け引きみたいなところもこう……そういう場面はあると思うので、そことのバランスをどうするかなぁっていうのはありますね。
仕事の現場ではどうしても駆け引きが必要となる場面もあると思っているとしたら、どのようなケースでコンフリクトが発生するのでしょうか?

例えば、自分が不動産の営業だったとして、会社に顧客問い合せが来たときに……、そんなのはルールで決めればどうとでもなるのか。話してて、また全部自分が1人で負担を飲み込まなければいけない思考になったんですけど、なんかそれもちゃんと話せばいいんだなって、今なんか考えながら、解決しました。
そうですね。なんか言いにくいこともちゃんと言うという、そのプロセスを踏むことで、その人との関係もなんかこう近くなるって、この動画の冒頭に自分で言ってたわ と思いました。
人間の関係はいいものにできますよ。全部とは言わないし、あの、こっちがなんだろう、全善意でというか、なんか例えばこう挨拶気持ちのいい挨拶しても返してこない人はいるし、別にそういう人もいるのは別にそうですけど、でもやっぱりそっちの方が少ないし、安心して信頼してっていうのを自分の方からその関係を構築する行動を能動的に取ってったときに、報われない人もいますけど、報われるケースの方が大半じゃないですかね。
こないだ、よく行っていて結構常連になっている飲食店で、ちょっと残しちゃったんですよ、食べきれなくて。よく行っているお店なので、店員さんもよく知っているんですけど、帰り際にちょっとイラっとしたのを出された感じがあって、「ああ、イラっとしたの出された」みたいな。
こっちはこっちでいろいろ言い分というか、言い訳はあったんです。だけど、でも、言い訳に過ぎなくて、あれは申し訳なかったなとか、やっぱり一言、「いや、ちょっと実はあの、昼多くて、ちょっと1人分もちょっと食べれないぐらいだったんですいません、残してしまって」とか、なんか一言言えばよかったなぁと思ったんですよね。その一言があれば、向こうだって「ああ、そうだったんですね」みたいになったかなと。
でもその一言を言わずに、「あ、下げちゃってください」みたいにしちゃって……やっぱりそういう雑さはね、お客さんとしても良くないよねとあらためて思ったりしました。それはやっぱり、そのお店とのそれこそ安心信頼の関係を自分から壊しちゃってるような行為なので。
別に、飲食店に限らずですけどね、「ごちそうさまでした」とか「今日も美味しかったです」とか、そういう声がある人なのかって、違うなと思います。お客さんとか店員の立場になったとき、印象は全然違う。
逆に言うと、自分からできることはいくらでもあります。全部が全部やってたら疲れちゃうみたいなのもあるので、街ですれ違う人にも会釈してたら変な人になっちゃうから、切り分けは大事だと思いますけど、まあ一定の範囲内だったら本当に育んでいけるものはいっぱいあると思います。
自分が心の底から望んでいることがよくわからないというときには
- 思い込みの蓋が心の底の声を邪魔しているのかも
- 自分の思い込みを1つずつ外していくことが大事
Tさんから今回出てきた心からの望みは「安心して信頼できる人間関係」でした
- これは今から、どんなところからでも始められる
- 自分からそういう関係を育めるように人と関わっていくことがまず大切